世界遺産の「ブハラ歴史地区」に行ってきた

【654日目】ブハラ(2017年9月24日のおはなし)




ブハラとは





ブハラ




ブハラは、ウズベキスタンの都市で、ブハラ州の州都。ザラフシャン川下流域に古代より栄えたオアシス都市で、1993年には、旧市街地がユネスコの世界遺産に登録されている。人口は約23万7千人(1995年)。

古代からサマルカンドと並ぶいわゆるソグディアナの中心都市であり、イスラーム時代以降、特にサーマーン朝の首都となってからもイラン・中央アジアにおける最も重要な都市のひとつであった。また近代でも20世紀の初頭までブハラ・アミール国(ブハラ・ハン国)の首都が置かれ、西トルキスタンにおける政治・文化の中心都市であった。特にサーマーン朝にはじまる近世ペルシア語文学の発信源としてこの都市が残した足跡は大きい。また、シャイバーニー朝やジャーン朝においてはブハラの宮廷でペルシア語に加え、チャガタイ語文芸運動を隆盛させその中心都市としても発展した。このような歴史背景から、現在は住民の大多数が民族籍上ウズベク人とされているものの、住民の間ではペルシア語系のタジク語が広く話され、タジク人としてのアイデンティティを有する者も数多く存在する複雑な民族構成をもつ。





と、Wikipediaより抜粋。




中世にタイムスリップしたかのような街並みと手作りハサミが有名な街です。












ブログランキングに参加しています。
下記バナーをクリックしていただくと、リンク先での当ブログのランキングが上昇する仕組みです。
リンク先の読み込みが完了するとポイントが入ります。
読み込みが完了するまでぼくのしょうもない記事でも読んでてください。
今日もよろしくお願いします。

PCの人はこちら

↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

スマホ・ガラケの人はこの文字をクリック!











はいこんにちは。

どうもだばでーです。今日もよろしくお願いします。











というわけで、今日はブハラ市内を観光します。

ブハラの旧市街は世界遺産にも登録されていて、現在の街並みは16世紀の頃からのものだそうで。

そのため、ひとつひとつの建物にもいろんな謂れやウンチクがあり、こういう所に来て1番心配なのは



今日の記事、長くなりそうだな。



ということですね。











2017092401_ナディール・ディヴァンベキ・メドレセ全景
ナディール・ディヴァンベキ・メドレセ全景

まずやってきたのはこちらのナディール・ディヴァンベキ・メドレセ。


2017092402_ナディール・ディヴァンベキ・メドレセのモザイク画
モザイク画

こちらはサマルカンドのシェルドル・メドレセと同様、イスラム建築のくせに絵を描いちゃったことで有名。

あっちは建築責任者が描いちゃった責任を取って死亡しましたが、こっちはそうでもないらしい。

というか、そもそもキャラバン・サライとして造っていたはずが、当時のハン(王様的な人)が「素晴らしいメドレセ」と褒めだしたので急遽メドレセにした、という逸話があるメドレセ。

ちなみにウズベキスタンは大型観光バスで乗り付けてガイドの説明を聞きながら観光をする欧米人の団体をよく見るのですが、ここブハラも同様で、この「キャラバン・サライがメドレセに〜」という説明をしている英語ガイドとスペイン語ガイドに連れられた団体がいました。どこの国のガイドも話してることは一緒みたいですね。


2017092403_ナディール・ディヴァンベキ・メドレセ正面
ナディール・ディヴァンベキ・メドレセ正面

このメドレセの正面には公園があって、背の高い植栽があって、暑い中でも涼しく過ごせるとてもいい空間なのですが、おかげさまで正面からメドレセを撮るとこうなります。まぁ写真写りが第一じゃないからね。


ちなみにこのメドレセの中は土産物屋になっています。





2017092404_ラビハウズとナディール・ディヴァンベキ・ハナカ
ラビハウズとナディール・ディヴァンベキ・ハナカ

このメドレセの前の公園を抜けると池があります。

この池は、

時の大臣が「ここに池を造りたいから立ち退いてくれ」と頼んだものの、土地の所有者であるユダヤ人女性はそれを断った。そこでそのユダヤ人女性の家の下に運河を造ったところ、その家が流され始めた。やむを得ずユダヤ人女性は家を手放した。

という伝説がある。と、歩き方先生がおっしゃっております。





2017092405_ラビハウズ周辺
ラビハウズ周辺

このナディール・ディヴァンベキ・メドレセやラビハウズ周辺はこのようにタイル張りの路面とそれっぽい建物を建てて全体の景観を損なわないよう整備されていて、その建物には土産物やらカフェやらレストランやらが入っています。

うん。まぁこの辺りって言うか、ブハラの旧市街全体的にこんな感じです。

なんとなく店が続く方に歩いていくと、次の見どころが出てくるように、、、


2017092406_ブハラ旧市街(工事中)
ブハラ旧市街(工事中)

しようとしているところでした。





2017092407_タキ・サラフォン
タキ・サラフォン

ブハラ旧市街には、このような屋根に覆われたバザールがいくつかあり、タキ(Toki)と呼ばれています。


2017092409_タキ・ザルガロン
タキ・ザルガロン

屋根はこういう丸屋根が連なる形状をしています。


2017092408_タキ・テルバクフシャン
タキ・テルバクフシャン

当時はタキごとに専門の店が集まるバザールだったそうなのですが、今はどのタキもこのように土産物屋が並んでいます。


2017092410_手作りハサミ
手作りハサミ

名産の手作りハサミもここで売ってます。





2017092411_ウルグベク・メドレセ
ウルグベク・メドレセ

タキを抜けている途中にもメドレセがあり、こちらは現存する中央アジアのメドレセでは最古のものである「ウルグベク・メドレセ」。


2017092412_アブドゥールアジス・メドレセ
アブドゥールアジス・メドレセ

そのお向かいにあるのが「アブドゥールアジス・メドレセ」。

どちらも改修中なのか中には入れないですが、


2017092413_アブドゥールアジス・メドレセ装飾
アブドゥールアジス・メドレセ装飾(彩度上げてます)

外装の装飾は美しいですね(彩度上げてます)。





2017092414_お昼ごはん
お昼ごはん

そのメドレセの辺りをうろうろしていたら、レストランの客引きのおっさんに捕まりました。

まぁレストランって言うか、自分の家で料理を振る舞って金をもらうというこじんまりしたものですが。

ブハラはメシ食うとこが極端に少ないんですよね。もちろんあるんですが、どいつもこいつも観光客向けで高そうなのです。

と思ってここで食ったんですが、ここも肉なしマントゥで20,000C(300円ぐらい)だったのでぜんぜん安くは無かったです。





2017092415_ミル・アラブ・メドレセ
ミル・アラブ・メドレセ


2017092416_カラーン・モスク
カラーン・モスク

すべてのタキを抜けていくと、このミル・アラブ・メドレセとカラーン・モスクに挟まれた広場に出ます。


2017092417_カラーン・ミナレット
カラーン・ミナレット

この広場にあるのが、ブハラで1番高いらしい「カラーン・ミナレット」。

中央アジアを蹂躙し尽くしたチンギス・ハンの破壊にも、街中を壊滅させた地震にも耐え、12世紀から立ち続けているそうで、19世紀までこっから突き落とす死刑が行なわれていたんだとか。

なんかブハラのハン(王様的な人)って相当恐かったらしいですね。



2017092418_カラーン・モスク内部
カラーン・モスク内部

ミル・アラブ・メドレセとカラーン・ミナレットは中に入れませんでしたが、カラーン・モスクは内部まで入れます。

なんか入場料取られましたけど。8,000C(120円ぐらい)。

入口に座ってる兄ちゃんの気分次第で取られたり取られなかったりするっぽいです。


2017092419_カラーン・モスク内部
カラーン・モスク内部

中庭から見るミナレットと門が絵になるなぁ、と思ったぐらいで特に何かあるわけじゃなかったです。





2017092420_アルク城
アルク城

ここが歴代のブハラのハン(王様的な人)が住んだ城。

そろそろめんどくさくなってきたので入りません。




2017092421_イスマイール・サーマーニ廟
イスマイール・サーマーニ廟

現存する中央アジア最古のイスラム建築である「イスマイール・サーマーニ廟」。

入ろうとしたら入場料払えと言われたので入りません。





2017092422_バラハウズ・モスク
バラハウズ・モスク

ハン(王様的な人)用のモスクであるバラハウズ・モスク。

珍しく木造の柱だな、と思ってたらアイヴァンという建築様式でブハラではここでしか見られないらしい。

普通に閉まってたので入りません。





2017092423_ウズベク人
ウズベク人

やっぱりちょっと暑いし日差しもキツイし沈没しすぎて丸一日歩く体力が失くなってるしもうめんどくさいから早く帰りたい、と思ってたところに絡んできたウズベク人女性。

写真撮れって言うから撮りました。

断ったけどしつこいので撮りました。

もちろん撮った後「金よこせ」と言ってきたけど無視しました。

こうなるって分かってたから断ったんだけども。めんどくせぇ。

どうでもいいけどウズベク人女性は化粧濃いよね。たまに眉毛繋げてるし。あと金歯多いし。笑顔の印象が全部金歯に持ってかれるんだよね。





2017092424_ブハラ歴史地区
ブハラ歴史地区

あー。今日は疲れました。

観光も日記書くのもな。











夜ライトアップも見に行ったんだけど大したことなかったので割愛。

PCの人はこちら

↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

スマホ・ガラケの人はこの文字をクリック!


今日もありがとうございました。



関連記事
   
       

[ 2017.10.20 | ウズベキスタン | コメント: 0 | トラックバック: 0 | PageTop↑ ]

For my friends

Thanks for coming to my blog! But I'm sorry I write only Japanese. If you want to read this, please use the link below. I think it can help you maybe. Why maybe? Because I use many idioms and broken Japanese!!! Ha-haha-!!!

Translation(自動翻訳)

プロフィール

William Dabadie

Author:William Dabadie
名前:渡海大輔(トカイダイスケ)
年齢:31歳
性別:男
国籍:日本
紹介:世界一周してます。
   個人的な忘備録のつもり
   でだらだら書いています
   William Dabadieという
   名前ではありません。

旅のあしあと

これまでの旅の記録
日本→フィリピン(英語留学)→日本→ カナダ→アメリカ合衆国→メキシコ→  キューバ→メキシコ(2回目)→    グアテマラ(スペイン語留学)→    ホンジュラス→エル・サルバドル→   ホンジュラス(2回目)→ニカラグア→ コスタ・リカ→パナマ→コロンビア→  エクアドル→ペルー→ボリビア→チリ→ アルゼンチン→チリ(2回目)→    アルゼンチン(2回目)→ウルグアイ→ アルゼンチン(3回目)→パラグアイ→ アルゼンチン(4回目)→ブラジル→  仏領ギアナ→スリナム→ガイアナ→   ブラジル(2回目)→ベネズエラ→   コロンビア(2回目)→        オーストラリア(ワーホリ)→     インドネシア→シンガポール→     マレーシア→タイ→カンボジア→    ベトナム→ラオス→タイ(2回目)→  ミャンマー→中国→ネパール→インド→ スリランカ→インド(2回目)→    パキスタン→中国(2回目)→     カザフスタン→キルギス→タジキスタン→ウズベキスタン→           カザフスタン(2回目)→       キルギス(2回目)→         カザフスタン(3回目)→       ウズベキスタン(2回目)→      カザフスタン(3回目)→       トルクメニスタン→イラン(今ココ)

訪問者

ブログランキングに参加しています

ブログランキングに参加しています。 下記バナーをぽちっとしていただくとリンク先のランキングが上がり、ブログ主のテンションも上がります。

いまなんいですか?

上のあれをそれしていただくと、下のこれがあれこれします。

☆リアルタイム情報☆

ブログ内検索

<< 全タイトルを表示 >>

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

オススメホテル予約サイト

とても使いやすいホテル予約サイト。 ここから予約していただくと、ぼくにアレがアレなのでよろしくお願いします。

このブログを読んで旅に出たくなったらww